8月24日、私は高校をやめた。
嘘ではなく、純度100%本当の話だ。
しかも高校3年生でやめた。受験生なのに。本当なら猛勉強していたはずだったのに。
結論から言うと受験勉強による適応障害だ。
6月からだんだん学校にも予備校にも行けなくなった。
適応障害になった詳しい経緯は前の記事を読んでほしい。
高校を中退したのではなく、通信制への転入をしたのだが、転入を決めた(出席日数に引っかかったため転入せざるを得なかった)ときは本当につらかったし、割と本気で死のうとも思った。
だから今回は学校をやめる最後の手続きをした日の事をここに書く。
学生証の返却
実は、8月24日の日より前に転入のための手続きは完全に終えていて、この日はまだ使用するため返却していなかった学生証と、学校に貸与されていたiPadの返却をしに一人で学校へ向かった。
久しぶりに乗った自転車は、少しペダルが重く感じた。
学校に行くのも、この学校の制服を着るのもこれが最後なのだと思った。
学校に到着すると、私は真っ先に職員室へ行き、担任のもとへと向かった。
担任はいつもと変わらない様子で私に話しかけてくれたが、私は担任やその他の先生方に申し訳ない気持ちでいっぱいで少し辛かった。
学生証とiPadの返却を終えたらもうやることはないので、家に帰ってもよかった。
でも帰りたくなかった。
最後に話したい先生が数人いた。
それは1年生の最後に自主退部した吹奏楽部の顧問の先生3人。
私は当時、遅刻・欠席(主に遅刻)を繰り返していて、最終的に複数回にわたる顧問からの注意の後、年末また寝坊してしまい、心が壊れそれ以降冬休み終了まで完全に顧問に顔を合わせずに、自ら自主退部を申し出るという最悪の辞め方をした。
顧問からの印象は勿論最悪だ。
でもそれでも話したかった。
大変勝手だが、今では感謝でしかなかったからだ。
まずは本顧問に話しかけに行った。
でもすぐに話しかけることはできなかった。さすがに辞め方が辞め方だったため、少々怖かった。
その時の会話を覚えてる限りで対話形式で書いていく。顧問はT先生とする。
~話しかけた後~
私「実はで今日で学校辞めるんです。」
T先生「え?そうなの? …それでどうしたんだ?」
私「それであの時たくさん迷惑かけて本当にすいませんと今まで本当にありがとうございましたが言いたくて…(泣きながら話す)。実は部活やめてしばらくしてから受験勉強初めて、半年弱で偏差値40から60まで伸ばして、でも適応障害になっちゃって…」
T先生「そっか…確かに、勉強一生懸命してたもんな(2年生時、教科担当だった)。ポテンシャルはあったし、あとはメンタルが強ければ最強だったんだけどな…笑。1年の頃はだいぶガキだったけど、少しは絶対大人びたと思うよ。部活をやめてからの1年半は無駄じゃなかったと思うよ。」
私「ありがとうございます…本当にありがとうございました。」
T先生「こっちも最後に話してくれてありがとう。またね。」
T先生は私が部活を最悪のやめ方をした後も、勉強する姿は見てくれていた。それが私には嬉しくも辛くもあった。
友達
そして残りの2人の先生にも話した(内容はほぼ同じなので省略)。
これでやることはすべてすました。だから帰ろうと駐輪場へ向かった。
忘れていた。友達と話していなかった。
私には自習室に行くと毎日必ず一生懸命勉強をしている友達がいる。
そいつと話がしたかった。
実は学校をやめることが確定した時に最初に話に行った友達だ。部活も同じ吹奏楽部だった。
だから今日で学校に行くのは最後だということを伝えに行った。
私は辛かった。部活時代の思い出や、受験勉強を一緒にしていた時の記憶がフラッシュバックした。
辛い。しばらく思い出に浸っていたかった。
でもいつまでも彼の勉強を邪魔するわけにもいかなかったので、私はジュースをおごってさよならを言うことにした。
もしかしたら同じような境遇に立っている人がこの記事を読んでいるかもしれない。
そうでないかもしれない。
だが安心してほしい。不登校になっても、学校をやめても、どうにかしようと思えば人生はどうにかなる。
もし今、どうにかしようと思えなくても、それは充電期間だ。
だから安心してほしい。転落して人生には必ずどこかで好転がある。私はそう信じている。
むしろ人生に上がり下がりが激しい人のほうが少ない。
自分自身に与えられた貴重な体験だと思って、また明日から前に進もう。
